姪っ子が大阪の大学に行くことになったので、
その準備に大阪に行ってきました。
世の中、コロナで大変な時で、
大阪は不要不急の外出の自粛ということでしたが、
これは、用事なんです…
いつも混雑している新大阪の551蓬莱も閑散…
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家電を見に行っても閑散…。
まあ、だからこそ、値切って参りました。
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これをむっちゃ値切り中…。
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大阪の家電ってたこ焼きが作れることを
アピールしていることが多いのね。
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その家電の上のラーメン屋で。
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200円引き…。

翌日は、姪の大学を見に行き…
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いろいろ買い物をして
夜は、もちろん関西のお好み焼き
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のはずが…
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なぜかもんじゃ(笑)
チンチロリンが2回とも無料を出したし。
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実は、私は年長から小6の夏まで大阪にいました。
その生活圏にまた姪が住むことになりました。
大阪は、父の転勤で6年くらいいたということになります。
その6年は、母にとっても父にとってもいい思い出だったようです。
母が亡くなる前日に
モルヒネで朦朧とし、記憶も曖昧な中
「ゆうこ、お客さんがくるから、なんばに行ってお肉を買ってきて」といいました。
ホスピスが大阪にあるわけでもないのにそういいました。

きっと、母にとっていい思い出だったんだろうと。
だいたい、小6でなんばなんかに1人で行かされたことは
なかったのにね。

私は広島で生まれ、広島で育っていますが、
ホントに6年だけ、大阪にいました。
今は東京にいるので、大学生活の4年間と
自分の人生の記憶を統合することは可能ですが、
大阪の、それも小学生の記憶を
インテグレートするってなんか自分を取り戻しにきた気分でした。

この地点に
ある意味、フラグが立っていたのかな。

小学生の時の同級生が姪を預かってくれるような形になりました。
彼女のおじちゃん、おばちゃんたちもお元気そうで。

亡き父と母が姪を託したのかな。

姪は入学式もありませんが、
それがいつかいい思い出になるように
大学生活をどうぞ満喫してくださいね。
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応援してるよ!

Me ke aloha pumehana