第2話が始まりました~。
コンビニでもゲット出来ます。
認知症(当時は痴呆症)の人が
縛られとる!
って、職員(当時は寮母)さんに聞くと
「授業で習って来なかったの?痴呆の人は、歩かせて骨折しても、それを訴えることも出来なくて、忘れちゃうでしょ?」みたいにいわれましたが
多分、理論と実践の乖離が生じていたような...です。
まさに「なんじゃこりゃー」でした笑笑
大学の先生もハッキリ言ってよ、みたいな。
ちなみにこの拘束衣みたいな
いわゆる「つなぎ服」は、
当時、チャック(ジッパー)は、後ろにあって、より自分では取れないようにしてありました...(出来上がりの漫画は、私も週刊誌をみて確認してるので、所々現実に見た物と異なることがありますので、すみません...)
で、当時実習初日に教えてもらった介護技術は、年寄りの縛り方
オムツ交換したり、ベッドから起こしたら、こうやって車椅子に座らせて、こうやって縛って...と漫画のように手取り足取り教えてくださいましたが...。
全てが
1991年くらいに朝日新聞で大熊一夫さんが、コラムみたいなとこで、痴呆症の介護が色々問題だけど、ここの施設は、いいケアしてると書いてあったので、社会福祉士を取るための実習だけど、ここの特養(特別養護老人ホーム)で実習しました。
でも、めっちゃ介護の実習では無かったので、その時忘れもしない、どこやらの短大の実習生は、めっちゃ、寮母さんに、しごかれながら、動いていて。
「なんの実習ですか?」って聞いたら
「私たちは、2年間で介護福祉士になるんです」と
軽やかに寮母さんたちについて
バリバリとオムツ交換してる人たちをみて
正直、スゲーなーと思ったことも。
でも、私は...
なんで夜勤まで見に来たんだろーと
思いながらの渋々実習...
やっぱ、なるなら社会福祉士だわー、介護は無いなあと思わずにはいられない日々で。
今でも鮮明に覚えているのは
(もう30年前なのに)
トイレ休憩中、
洗面台で手を洗いながら、
「仮に、私が呆けちゃって、この施設に入ってて、もしその姿を幽体離脱みたいに、私自身が見ることになった時、きっと死んだ方がマシだと思うだろーなー」と思ったことを覚えてる...。
利用者は、男女構わず
同じ畳の部屋でオムツ交換は当たり前。
風呂も居室で着脱。
何人もストレッチャーに裸で乗せて、そのままバスタオル1枚だけかけて、風呂場に運ぶ。
廊下は、痴呆症の人が食べたりするので、カレンダーはもちろん、何も貼らない。
まさに殺風景な施設でした。
集団徘徊をしてる人もいましたが...。
「あー、こんな施設、私が希望したのが間違ってました!」
と、夜間見学実習をしてるときに
ある事件が起きます...。
次回が一番のクライマックスになるのではないでしょうか。
乞うご期待ください!
Me ke aloha pumehana