カープ、25年ぶり、7回目リーグ優勝おめでとうございます!🎉
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広島カープが勝つと広島の人は、ほぼ機嫌が良い。もちろん、親も。笑
高校の時に、忘れもしない数学の先生がカープが勝ったら宿題が出なかったので、必然的に応援する。
みたいなカープがどこかにいるような生活を送っていたら、いつしか広島人はカープファンとなる。
といっても、父親がずっと独占してたカープのチャンネル権をあまりいい気持ちでみていなかったので、私はそんなに熱狂的なファンでは決してない。
大人になって、球場に飲みにいくのは好きなくらいですが。
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ところで、東京に2年前に来てから
今年はカープが調子が良い。
去年は大学時代の友人たちと
東京ドームまで応援しに行ったけど。
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今年は広島出身ですというと
「カープ、いいじゃん」と
声をかけてもらうのは
嫌な気持ちはしない。

いつもカープは鯉のぼりの時期までと、勝手に決めつけていてごめんなさい🙏

徐々に優勝が見えて来た時も
カープファンは不安そうである。
勝っても負けても不安。

そりゃそうだ。
25年。
普通なら待てない。
でも広島の時間軸なら待てるのか。
あの8月6日から辛抱して復興してきた広島なら。

広島市民にとってカープは大切な宝。なぜなのか。それは単に地元チームだからということばかりではなく、野球と広島の戦後復興はとても関係があります。
広島東洋カープは戦後間もない1949年、被爆からの復興を目指して市民が球団を設立し、広島市を流れる太田川が鯉の産地であり、原爆で焼け落ちた広島城が“鯉城”と呼ばれていたことなどが由来となり、球団名を広島カープとしたようです。もちろん滝を登る鯉のように復興させたいという願いがこもっていることはいうまでもありません。
そして作られた市民球場は、廃墟から立ち上がろうとした広島市民の夢を形にしたのが市民球場でした。原爆ドームの目の前に建てられた球場はまさに復興を遂げた広島の象徴そのものだったのです。
今は、広島駅近くに新しい球場がありますけどね。いい球場です。飲むにも(笑)

そうやって市民は
見捨ててこなかったのだ、広島カープを。

そして、カープが勝っても負けても寄り添うのだ。

それが凄いなあといつも思ってた。

偶然に今住んでいる家の近くであの広島の「みっちゃん」で修行され、広島出身の方がお好み焼き屋を出されていて。
もちろん、優勝が決まる時にはそこに行くしかないでしょ♡

で、仕事のあと、ゼミ生でも無い学生たちと即席カープ女子を結成。
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で、試合の始まる1時間前から集合。
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優勝を祈願して!
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飲みながら、お好み焼きを食べながら。
で、ゾクゾク広島カープファンが集まる中…。

ついに…あと、1アウト!
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で…!
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何故か実家からは
アイスの画像が送られてきて(笑)
乾杯してるらしい。
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そして何故か「おめでとう~」っていろんな人から電話やメッセージが。
私が優勝したわけじゃないんですけど(笑)
いや~、広島は全チャンネル、
カープなのかなあ。
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お店で会った人は
明日スポーツ紙を買い占めますと
帰っていかれましたが
友人から画像が送られてきました。
今朝の広島の新聞広告…
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今朝のスポーツ紙。
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昨日の号外。
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いや~、
街全体が主役になっている広島に
帰りたいなあ。
昨晩の本通り。新天地公園。
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みんな楽しそう。

そうそう、
広島カープの優勝を信じながら
ずっと応援してきて
最期、カープの試合を観ながら
心筋梗塞で亡くなった
父にも報告しました。

良かったね。

次はカープが日本一の時には
広島に帰ろう!

Me ke aloha pumehana