クリスマス前の3連休、
いかがお過ごしですか。
私は毎日仕事しておりました。

3連休の中日(なかび)。

広島県介護福祉士会の
研修会に1日、行きました。

テーマは
“生と死の哲学と看取り
~看取りに出会ったときの観察力・
対応力を身に付ける~”
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県立広島大学の看護の先生が
講師でした。
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自分のやったことに
答えが欲しくて
認めて欲しくて
こんな時に
こんなとき聞くのもつらいけど
行ってみた。

看護師さんがお話になるからなのか
「下顎呼吸になると、あと数日です」
「認知症でしたらあと3年です」
「耳たぶがぺちゃんこになったら
脱水です」
「1..5リットル飲めなくなったら
あと1年くらいです」


様々な事実と根拠を述べられるので
もっと早くそういう話を聞いておけば
良かったかなって思ったけど。

でも、講師の方の
ご両親は昨年亡くなったとのこと。
よく自分の親の死を冷静にみて
人前で話されるなあって
感心した。

と言いながらも
やはり家族となると
冷静な判断ができないといわれていた。

確かに。

最良ではないが
その時
最善な判断だったと思ってくださいって
言われた。

人は
生まれた時から死を経験している。
生まれる時は人間の手は
5本指がひっついている。
生まれる時
手の細胞が死んで、
5本指となる…。

なので、人間は
常に生と死が隣あわせにある。

家族の悲嘆はどれくらい続くか。

「2年といわれていますが
原爆を経験された方は
68年経っても受け入れられない方もいます…」

その後
リバプール・ケア・パスウェイ(LCP)の話も聞いた。

http://www.jspm.ne.jp/newsletter/nl_53/nl530801.html

看取りに関するアセスメントとか
いろいろあるんだなと勉強になったけど
“看取り期の本人・家族の悲嘆”っていう話の中で
本人や残された家族の心情で
『ショック・麻痺・否認
緊張・落ち着きのなさ
繰り返す死のイメージ
思慕・淋しい、不公平感、妬み
恐れ、不安、哀しみ、孤独感
無気力、怒り、疲労感…』
と話された時に
「過活動」という言葉が出た時
すごく反応してしまった。
これは、看取り期の本人の心情だそうだが、
残された家族にもあるような気がする。

淋しさを感じたくないから
休みを休みにしない。
「過活動」…。
結局
12月は1日も休んでいない…。

今日も仕事に行って
帰った時に
うちのニャンコが膝に乗っかってきて
めっちゃじゃれるので
その姿が可愛かったから
思わずいつも言ってた言葉を
無意識に言ってた。

「ねえ、ちょっと来てや
ちょっと、見て~」

誰も来ない。

そりゃ、そうだよね。

悲しくて淋しくて
ニャンコを抱きしめて
泣いてしまいました…。

2年くらいで
ホントに悲嘆は終わるのだろうか…。