メケアロハプメハナ☆

みなさん、ALOHA~! Me ke aloha pumehana(メケアロハプメハナ) とはハワイ語で「心からの愛をこめて」 という意味です。 これからの超高齢社会の介護とかについて、気が向いたら愛をこめて(?)つぶやいています。 そして、もうひとつ書いていたBlog“いきなり末期がん患者の家族ですけど、何か?”の続編をこちらで書き続けたいと思っています。 どうぞ、つぶやきにお付き合いください。

2016年04月

介護戦隊、ヘルプマン!結集中…

「日介のHP、みた?」
「みた!災害介護ボランティアの話でしょ」
「行く?」
「行くに決まってる」
「いや~、私はもう年だから、後方部隊かな」
「いや~、先に行って5年前のように、私達を引っ張ってくださいよ~」
「え?どこから募集?県?」
「いや、日本介護福祉士会のHP」
「了解」
「私は今日登録したよ」
「いつ行く?」
「私はすぐに行きたい」
「私は5月中旬かな」
「新規の立ち上げしてるけど、日程調整していくつもり」
「じゃあ、現地で」
「おはようございます。私は今日 案内を見ました。登録します」
「お久しぶりです。5年ぶりですね。でも、また会えますよね、きっと」
「じゃあ、現地で」
「現地で!」

日本介護福祉士会が災害介護ボランティアの募集を始めました。

http://www.jaccw.or.jp/home/volunteer.php
今回の熊本の大地震に対して。

ちょうど5年前、
東日本大震災で
宮城入りした
全国から集まった介護福祉士さんたち。
と、ヘルプマン!の漫画家さんの
くさか里樹さん。
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この時の彼らの活躍は
ヘルプマン!21巻に。
巻末にも彼女達が登場。

あってはならないが
東日本大震災から5年。
人々が忘れかけようとしていた時の
大きな地震。
でも、私は忘れていない。
介護福祉士たちが
どれだけ
避難されていた方たちの支えになったか。
私も驚くくらいの
知識と技術を結集させて
現場で寝る時間も惜しんで
関わり続けたこと。

http://yukojaro.blog.jp/archives/52181173.html

「いつか、どこかで」

そう言って別れて
1度しか会ったことのない方たちも含め
あの時の介護福祉士たちから
連絡が入り始めました。

きっと熊本に行っても
同じ時、同じ場所で
活動できないかもしれないけど

仲間が頑張ってくれてる。

それだけで頑張れる。

現地に行けるかわからないけど
ボランティア登録をした。

4月末から始まる
介護福祉士たちの災害介護支援。
図1

さあ、また、結集だ。
介護戦隊、ヘルプマン!
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くさか里樹さん
また、その時は
介護福祉士の現場の活躍を
描いてくださいね!

Me ke aloha pumehana

熊本地震で考えておかないといけないこと

はじめに…

熊本の大地震により
尊い命をなくされた方々の
ご冥福をお祈り申し上げますと共に、
被災された皆様に心より
お見舞い申し上げます。

まだまだ
余震が続いておりますが
物資が送れるのか
ボランティアに行けないのかと
やきもきしている方も
多いのではないかと思います。

私もその一人です。

5年前の東日本大震災の時

http://yukojaro.blog.jp/archives/52163537.html
http://yukojaro.blog.jp/archives/52163860.html
http://yukojaro.blog.jp/archives/52164557.html
http://yukojaro.blog.jp/archives/52181173.html

2年前の広島の土砂災害の時

http://yukojaro.blog.jp/archives/52350432.html
http://yukojaro.blog.jp/archives/2014-09-08.html
http://yukojaro.blog.jp/archives/52351776.html
http://yukojaro.blog.jp/archives/52351982.html
http://yukojaro.blog.jp/archives/52352076.html

いろいろボランティアに関わり
わかったことがあります。

それは「情報を待つこと」ということ。

2年前の災害ボランティアでは
東京から広島に向かい
泥かきにいくつもりで行ったのですが
広島にいた身だし、社協の人に声かけられ
ボランティアを受け入れる中枢で
活動させていただきました。
eccac43d[1]

当時、ブログにも書きましたことですが。
「なぜかというと
被災者のニーズと
ボランティアしたいという人たちを
繋いでいくシステムが
なかなかスムーズではなくて。
いや~、ボランティアに
来られたい方たちのキモチは
じゅーぶん、わかります。
私が東日本の時はそうだったから。

でも、受け入れる方がこんなに大変だし
パニックしているということは
ボランティアに行こうとしている人には
あまりよくわからない」

そうなんです。
ボランティアを受け入れる方も
すっごい大変なんです。
全国からボランティアさんたちが
どっと来てくださるのですが、
なんせ、それを受け入れられない。
まあ、それを
受援力」というのですが、
この地域外から集まってくる
ボランティアの方々の力を
引き出す地域の『受援力』を高めていくのは
やはり自治体や専門家が
事前にいろいろ動いていくことも大切だけど
いきなりこんな大地震は
やはり現場も混乱していると思われる。

東日本の時、
福島や宮城、岩手にボランティアに行きましたが
やはりこっちも仕事をしているので
早くいける日程を決めてほしい
ボランティア内容を決定してほしいとかって
ボランティア側の都合ばかり考えており
なんて、コーディネートが
上手くいってないんだ~とかって思ったことも
ありましたが(すみません)

災害ボランティア本部としては
一生懸命
ボランティアをまわそうとしていますが
ボランティアに行く方も
その日しか予定していない状況で
現場とのマッチングがうまくいかないと
電話越しで怒鳴られる。
挙句の果てには
「わざわざ言ってやろうとしているのに」
みたいなことも言われ
なぜか電話を持って平謝りみたいなことも…。
高速道路の無料になる手続きを早くしろとか
団体で行くんだからどうにかこじ入れろとか。

で、ボランティアに入ってもらったら
被災者の方からのクレームの電話。

「ボランティアさんたちが
持参したお昼ご飯を食べたあと
ゴミを置いていった」とか
「うるさい」とか…

本当にコーディネートする中枢は
大変なんですよね。

だから、
東日本から広島のボランティアに入ってから
まず様子をみようと自分に言い聞かせています。

私はほっておくと
すぐに飛んでいきそうなタイプなので。

熊本にいる教え子と連絡がとれました。
「熊本空港のある益城町が打撃的被害です。
ただ、午後3時まで
人吉は陸の孤島と化していたので、
テレビを見ながら、
自分のまちの被害状況を確認する以外、
することはありませんでした。
いつものことながら、陸の孤島化すると、
スーパーやコンビニから商品が消えゆくばかり。
今日はパンがなくなってました(笑)。
日本の企業は優秀ですから、
明日にはパンが並ぶんですけどね。
ただ、益城や熊本市内は相当大変で、
今は中心部に向かうことができません。
今は、自転車を募集してました。
指定された駐輪場に集めています
という標記でした。
郵便を含め、物流が支障を受けているので、
今はテレビやラジオ、SNSなどで
情報収集するしかないかと思います。
県民の我々でさえ、そんな状況ですから。
そんなことを言っていると、時々余震で我が家も微妙に揺れてます。
我が家が揺れる時には、
「只今、強い地震がありました。」と報道され、
熊本地方震度4とか震度3くらいです。
また情報が入り次第、ご連絡しますネ。
今心配なのは、明日からの雨風です。
ただただ、祈るしかない事実に、
自然に対する人間のはかなさや
無力さを感じますね」

そして、今宵は避難所に入って
支援をしているそうです。

私は信じています。

教え子も含め
九州の介護福祉士会や
老施連のレベルの高さ。
そして、社会福祉にかかわっている人たちが
多くいること。

きっと仲間が関わってくれている。

だから、情報を待つこと。
そして情報を判断すること。
物資を送るなら
どこに物資が流れているのか。
必要なところに行っているのかを
確認してください。

復興には時間がかかります。
今、自分ができることを考え
そして、長い目で支援することを考えていくこと。

現在の熊本県社会福祉協議会の状況です。

http://www.fukushi-kumamoto.or.jp/kinkyu/pub/default.asp?c_id=23
大分県社会福祉協議会の状況です。

http://www.oitakensyakyo.jp/
全国社会福祉協議会

http://www.saigaivc.com/

現場がスムーズにまわることを
心から祈っています。
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